平凡な私が入社1年で会社を辞めるなんて。

会社を辞めてから自立するまでの日々

極力、苦労なんてするもんじゃないな

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最近、庭の草木が茂り、毎日のように虫を発見すると、暖かくなり生命が力強く輝く季節になったのだと気づく。周囲は日々変わっていく。じゃあ私は?

 

「成長」という言葉を、私は意識してきた。だって、「現状維持=衰退」と言うように、生命の歴史とは成長の連続であり、成長できなかった種は滅びている。生き物の本能なのか、私は成長しなければならないと思い続け、成長の為の努力をしてきたつもりだった。

 

スポーツ漫画に汗と涙はつきものだ。苦労なくして成長はないと、私は常に自分を追い込むことで自らを成長させてきた。でも最近になって、なんか違うなって気づいた。私は成長の為に自分を追い込んでいたのではない。ここまで追い込んだんだから、成長しているに違いないと、自分で自分を讃えたかったのだ。結果はどうであれ、自分は頑張ったのだから、という言い訳の為に、壮大な時間と労力をかけ苦労してきたのかなって思った。

 

確かに、自分を追い込むからこそ、最大限の力を発揮し成長につながることもあると思う。一方、私の追い込みは、自分で自分を苦労させて、そのことに陶酔してたのかなぁって思った。そして、ダメだったときの言い訳を常にストックしていたのだ。また、「2時まで残業だったよぉ」とか言いながら不幸自慢してた私って、追い込む→自分で自分を苦労させる→不幸自慢するを繰り返して、効率よく苦労を循環させてたなと、我ながら感心した。案外、不幸な原因は自分自身にあったのかもしれない。

 

これからは、自分を追い込んで苦労するより、いかに効率よく成長できるかということにエネルギーを注ぎたい。また、苦労って、自分の成長に繋がっているのか、いないのか冷静に判断しないと時間無駄だなって思う。苦労を循環させている間は、苦労している自分が中心で、どうしても客観的に自分を見ることが出来なかった。そうならない為に、自分はどう生きたいのかを明確にしておくべきで、その苦労の先に何を得るのかを冷静に判断し、時にはその苦労を自ら手放す勇気も必要なんじゃないかな。「途中で投げ出すなんて!」と叱咤されそうだが、苦労するのは他の誰でもない自分自身だ。どううすれば、この苦しみから抜け出せるのかを考え、行動する。

 

辛いこと、苦しいことってたくさんある。こんな私でも分かる。生きていけばこの先、避けては通れない苦労があるから、私はその時に耐え忍ぶ。その時に備える為に、日々、大好きな人や物に囲まれ、好きなことをして、幸せを感じながら私は生きていきたい。だから、極力、苦労なんてするもんじゃないないなって思う。